Jyuri-Jyuri BABY

松井珠理奈さんに関する記事や、これまでの軌跡を掲載しています

カテゴリ: 松井珠理奈物語

◆ファンの方から認めてもらいたい…

11歳でSKE48の1期生に選ばれると同時にAKB48のWセンターに抜擢され、それが元で握手会やコンサートで本人に責任のないバッシングを受けてきた松井珠理奈

彼女にとって「ファン投票イベント」で頂点に立つことは、自分の存在意義を確かめる上で欠くことのできないものとなっていた

本拠地のSKE48で開催されたリクエストアワーでは、自身の参加曲が1位になったことは一度もない(2015年6月現在)

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前田敦子とWセンターを務めた『大声ダイヤモンド』、じゃんけん大会の優勝曲『鈴懸の木の道で「君のことを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどうなってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの』とも、リリース直後のランキングで2位に終わっている

俗に「楽曲の総選挙」と言われるリクエストアワーだが、現在は、形を変えた選抜総選挙の様相を呈しているのは周知の事実。ファンも、自分たちの応援しているメンバーの参加曲が少しでも上位に来るよう、集票活動を行っている

そういう中で自分の参加曲が1位に輝けば、嬉しくない訳がない。ましてや、じゃんけん大会で選抜入りしたメンバーにとっては、「自分たちの曲が選抜メンバーのシングルよりも支持を受けた」という自信にも繋がる…

AKB48のリクエストアワーとは、そういったイベントなのである

2015年1月の同イベントでは、全対象曲の順位を発表するという初の試みが行われた
その中の上位200曲は、5日間に渡るコンサート形式で発表。珠理奈のファンの多くは、前年2位の『鈴懸…』に投票していた。「ファンの方から認めてもらいたい」という珠理奈の熱意が、ファンの心を突き動かし、頂点からの景色を見せてあげたいという団結心を生んでいた

◆仲間とともに、頂点へ

最終日のリハーサルで、珠理奈とじゃんけん選抜のメンバーたちは『鈴懸…』が上位3曲に入っていることを知っていた。だが、正確な順位は伝えられていなかった
本番前のリハーサルも「仮装順位3位」で行ったと、後に珠理奈本人が語っている

トップ3は、年内の卒業を発表した高橋みなみのソロシングル『Jane Doe』、同じく卒業を控えているNMB48の山田菜々が、山本彩と歌う『友達』、そして2013年じゃんけん大会の選抜メンバーによるシングル『鈴懸…』。どれが1位に選ばれても不思議はなかった

まずは3位、『Jane Doe』が発表された
続いて2位。モニターに映し出された曲名は漢字二文字。この瞬間『鈴懸…』の1位が確定した

前年2位からのステップアップ。じゃんけん選抜メンバーとともに掴んだ初のファン投票イベント1位は、仲間を大切に思う珠理奈らしい勝利だったと言えるかもしれない

ラスト1曲の発表で、決して見紛うことのない71文字の曲名がモニターに踊る
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そして、16人のメンバーが登場。この日、珠理奈は初めて、ファンの後押しで頂上からの景色を眺めることができたのである

◆18歳の決意

2015年3月8日。松井珠理奈はついに18歳になった
それまでは、年齢制限の規制で深夜の時間帯のテレビ出演はNG。AKB48の選抜メンバーに入っていても、SKE48の活動優先という名目でポジションをアンダーに譲らざるを得ないことも、数えればきりがないほどあった

プロデューサーに特別扱いされていると非難する人もいるが、有名芸能事務所にも所属せず、ソロ仕事も少ない珠理奈は、本当に贔屓の対象になっているだろうか?

むしろ、彼女ほど努力が報われずにいるメンバーは、ほとんどいないのではないだろうか…?

早く大人になりたくて、精一杯背伸びをした時もあった。総選挙でランクを落とした後は、自分は可愛い女の子キャラではないと卑下するような発言も見られた。だが、18歳になってようやく、珠理奈は大勢の大人メンバーと同じ立場に立った。待ちに待った、勝負の年がやってきたのである

誕生日当日に行われた生誕祭では、チームSのメンバーにチームEの松井玲奈が加わり、1期生全員が同じステージに立った

卒業を控えた佐藤実絵子、中西優香と、同じ舞台で演じる最後の『制服の芽』公演。この日、珠理奈もまたひとつの節目を迎えようとしていた

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かつては「SKEの自分がAKBにいていいのかな…?」という思いが胸をよぎることもあったという

でも、人一倍責任感が強く、誰よりもチームと仲間を第一に思う彼女の純粋さは、次第にファンの間に浸透していった

アンチに叩かれていたデビューの頃とは、もう違う

今では大勢のファンが珠理奈を支え、「選抜総選挙でも1位になろうね!」と励ましている

そのことが彼女にひとつの決意をさせた

「選抜総選挙でも1位を狙う」。珠理奈は力強く宣言した


『大声ダイヤモンド』から7年。当時は何もわからないままセンターを務め、辛い経験を幾つもしてきた。その珠理奈が、選抜総選挙で1位を取り、AKB48のファンからも認められた上で、ポジションゼロを務めたいと言い切ったのである

道なき道を孤独に耐えて切り拓き、時に躓きながらも前へと進んできた珠理奈…これからの道程も、おそらくは険しい道であることだろう

そういう中で、珠理奈のファンはどこまで彼女を押し上げることができるのだろうか?

"孤高のセンター"松井珠理奈にとって、決して負けられない戦いが、いよいよ幕を開けようとしている

参考文献
『ブブカ 2015年4月号』

◆じゃんけん大会、優勝!

篠田麻里子、板野友美、秋元才加。長くAKB48を支えてきたメンバーたちが、2013年夏のドームツアーで次々と卒業していった。その中で、珠理奈の意識も少しずつ変わり始めていた

AKB48はチームごとにテーマカラーがあるのに対し、SKE48ではメンバーそれぞれが好きな色をサイリウムカラーとして決めている。ファンは劇場公演やコンサートで、推しメンの指定色のペンライトを振って応援するのである。それまで珠理奈の推しカラーは青だったが、チームSとAKB48チームKを兼任することになって、彼女はSKEの象徴である「オレンジ」とAKB48チームKの「グリーン」の2色に決めた

その2色は、珠理奈の決意の表れでもあった

どちらのチームも、自分らしく務める!

尊敬してきた先輩たちから学んできたことを糧に、今度は「自分たち後輩が48グループを引っ張っていかなければならない」という使命感を、珠理奈は感じ始めていた

そして秋。AKB48の第4回シングル選抜じゃんけん大会が華々しく開催された

初代チャンピオンは、珠理奈が兼任するチームKの内田眞由美。続いて篠田麻里子、島崎遥香と、これまで3人のチャンピオンを出しており、ここで全勝すれば、キャリアや所属グループを問わずAKB48の34thシングル曲のセンターポジションが与えられるというイベントである(2014年からはルール変更)

メンバーたちの装いを凝らしたコスチュームも、イベントの見所のひとつ。この日の珠理奈は、女子高生である等身大の自分を表現するため、三つ編みの制服姿で大舞台に臨んだ

まずはAブロックで武藤十夢、矢倉楓子、島田晴香、鵜野みずきを下し、ベスト8入り。続いて、Bブロックを勝ち抜いた田野優花、C、Dブロックの勝者平田梨奈にも勝った

次はいよいよ決勝…

ここまでの珠理奈の決め手は、すべて「パー」。順番を待つ珠理奈の姿は心細さに震えているように映った
だが内心では、冷静な観察に基づいた、ひとつの作戦を黙々と遂行していた

緊張していれば、相手はきっと、固く手を握り締めたまま「グー」を出してくるに違いない…だから、自分は「パー」を出すと決めていたのである

果たして、決勝戦の相手であるNMB48の上枝恵美伽は、何を出してくるのか?
爆発にも似た効果音とともに高まる、ファンのオーイング。ステージ上で拳を合わせた珠理奈と上枝が、レフェリーの掛け声とともにじゃんけんの体勢に入る

そして…

目の前の上枝が出した掌は、固く握り閉められていた

その瞬間、珠理奈の優勝が決まった

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篠田麻里子らが卒業したドームツアーでは、リハーサルで左手を負傷し、包帯を巻いたままステージを務めた。その左手に思いを託し、最後まで自分の作戦を貫き通した結果の戴冠であった

珠理奈が初めて掴んだAKB48の単独センターを、大勢のファンが祝福する。『大声ダイヤモンド』の時とは正反対の、温かい歓声と拍手。珠理奈は泣いた。今まで諦めずに頑張ってきてよかった…そう思うと、熱い涙がますます溢れてきた

◆青春は、いつも何かを暗記している

秋元康プロデューサーとの話し合いで決まった34thシングルのコンセプトは、当時16歳の「等身大の珠理奈」を表現したものだった。作曲は織田哲郎氏。そして注目のタイトルは…

鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの

「青春は、いつも何かを暗記していた。」というキャッチコピー通り、覚えるだけでもひと苦労の長いタイトルだが、それだけにインパクトも大きかった

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珠理奈時とともに選抜入りしたのは、上枝恵美加、平田梨奈、大場美奈、阿部マリア、名取稚菜、田野優花、菊地あやか、大家志津香、北原里英、藤江れいな、鵜野みずき、土保瑞希、佐々木優佳里、古畑奈和、湯本亜美。ほとんどが初選抜のメンバーである

珠理奈はセンターポジションを務めるだけでなく、場をなごませたり、リードしたりと、MV撮影の時もテレビの楽曲披露時も、進んでキャプテンシーを発揮した

途中、珠理奈が眼病を患ったこともあったが、34thシングルは無事に初動ミリオンを達成。そして、翌年のAKB48リクエストアワーでは第2位、翌2015年には、ファンの後押しを受けて、見事第1位を獲得することになるのである

◆悲願のナゴヤドーム単独コンサート

リクエストアワー2013のじゃんけん選抜曲2位で、ファンと喜びの涙にくれた6日後。珠理奈は地元名古屋で、念願のSKE48ナゴヤドームコンサート初日を迎えた

遡ること半年、2013年8月のAKB48ドームツアー・ナゴヤドーム公演2日目に、サプライズとして「SKE48単独コンサート」開催が発表された。会場は、神戸ワールド記念ホール、横浜アリーナ、そして、SKE48の悲願でもあった、本拠地・ナゴヤドーム。観客席から湧き起こる"SKEコール"に、珠理奈も、SKE48のメンバーも歓喜した

AKB48のナゴヤドームコンサートの時は、「次は自分たちでここに立ちたい」と願っていた。その最中の、サプライズである。当時のキャプテン中西優香は「自分たちの今までやってきた経験を生かし、努力して、もっとすごいSKE48を見ていただけるように頑張ります」と意気込みを語り、珠理奈も「SKE48としての目標でしたし、ファンの皆さんとの共通の夢でもあったので、皆さんの期待に応えられるよう、コンサートを絶対に成功させたいと思います」と、熱い気合を見せた

ツアータイトルは『SKE党決起集会。「箱で推せ!」』。箱推し=グループそのものを応援するファンが多いSKE48ならではの命名であった

神戸、横浜とコンサートは成功裏に終わり、いよいよラストのナゴヤドーム。3万を超えるファンが全国から集まる中、SKE48単独ツアーのラスト2ステージが華々しく幕を開けた

初日の1曲目は、1期生による『神々の領域』。さらに、かつてチームSを兼任していたAKB48の北原里英もサプライズで登場し、まさにオールSKEで挑んだ大舞台の1日目は盛況の内に終わった

そして、翌2日の千秋楽。コンサートが前日以上の盛り上がりを見せる中、珠理奈がひとりでステージに登場。大勢のファンに向けて、静かに語りはじめた

「6年前、私はSKE48に入りました。その当時は11歳でした。私はひとりっ子だったので、そのせいか、すごく寂しがり屋のところがあって、学校以外のところで、どこがたくさんの方に出会う場所ってないかなと探してました

そしてSKE48に出会って…本当にSKE48はすごく神秘的で。歳も違うメンバーがいて、住むところが違うメンバーもいて、でもそのメンバーが、ひとつの夢に向かって一緒に頑張るというのが、すごく不思議な環境だなと思いました

でも私はすぐに呼ばれて、AKBのCDのジャケット撮影に参加することになりました。
その時は、まだ「なんでSKEなのにAKBに行くんだろうか」も考えられないくらい、焦っていたというか、余裕がなくて。SKE48のこともすごく大事だし、色んなことを思いながら頑張ってきたんですけど…
『SKEなのに、何でAKBにいるんだ』って言われたり、『生意気だな』と思われることもたくさんあったと思うんですけど、そんな時でも、AKBにいた時はAKBでお姉さんたちが増えた気持ちがしたし、逆に、たくさん応援して下さっているファンの人もいて、そういう方が、何もわからない私に色々教えて下さったこともありました

逆にSKEでは『ここが珠理奈のお家だよ』ってメンバーが言ってくれたり、大変だと思うけど東京に行って、珠理奈が頑張ってくれることでSKEを有名にして欲しいというファンの皆さんの期待もあって、それに応えながら頑張ってきました

すごく辛くて泣きたい時もあったんですけど、本当に皆さんが励まして下さっているおかげで、頑張ることができました」

突然始まった、珠理奈のデビュー当時の回想トーク…

客席は次第にざわつき出した
まさか、珠理奈の卒業発表…? 
自分たちに語りかける珠理奈の言葉に、大勢のファンが次第に不安を感じ始めていた

◆すべてはここから始まった

動揺する客席に向けて、珠理奈はさらに語りかけた

「そして、こうして、ここ名古屋ドームに来られたこと。本当にお客様が支えてくださっているおかげだと思っています

なので、感謝の気持ちを込めて、一曲、歌わせて頂きたいと思います

本当に、意味のある道を通って来たなと思います。私にとってもいろんな意味で胸がキュンとする、この曲を聴いてください!」

トーク終了を受けて流れてきたメロディーは、珠理奈の原点『大声ダイヤモンド』であった

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辛かったことも、悔しかったことも、そして嬉しかったことも、すべてはこの曲から始まった…

時折、涙を浮かべながらソロで歌う『大声ダイヤモンド』には、珠理奈の歩んできた6年間の様々な思いが込められていた

その日のブログで、珠理奈はファンへの感謝の思いをこう記している

「珠理奈ありがとう!」
「これからもよろしくね!」
「おめでとう!」
たくさんの声が聞こえました…

何をを言われても、落ち込んでも、こうやって、応援してくれたり支えて下さる方がいるから…今、ここにいることができています
そして、ナゴヤドームまでこれました
もちろん、自分たちが頑張らないとダメだと思います
なにを言われても、落ち込んでも…
こうやって応援してくれたり支えて下さる方がいるから…
今、ここにいることができています
でもね、
支えてくれる人がいないと
1人じゃ頑張れません

ファンのみなさんも、メンバーもいる!
私は幸せ者ですね!
そういう感謝の気持ちを込めて、大声ダイヤモンドを歌わせていただきました


デビューからの夢だったナゴヤドームコンサートを無事に終えて、珠理奈は既にその先を見据えていた

デビューした頃の同期の多くは卒業し、周りを見渡せば、新しく加入した後輩たちばかり。そんなメンバーたちと、ファンがひとつになって、SKE48が日本一、いや、世界一になれるように…

様々な苦難を乗り越えてきたからこそ、珠理奈は仲間とともに、さらに高く、遠くへ飛び立とうとしていた

(続く)

参考文献
「プレイボーイ2013まるごとSKE48増刊号」
オリコンスタイル
モデルプレス
音楽ナタリー
SANSPO.COM
スポニチANNEX


◆周りを引っ張っていける人に

AKB48との兼任や総選挙第9位、『UZA』のWセンター就任、SKE48の単独紅白出演と、2012年は松井珠理奈にとって実りの多い年であったが、反面、体調不良に悩まされることも少なくなかった。まだ精神的にも肉体的にも成長途上。無理が重なれば、調子を崩すことも多い年頃である。あの時はセーブしておけば良かった…彼女自身、そう後悔することもあったというが、一方で「セーブしたら自分じゃない」という強い思いもあった

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明けて2013年。16歳となった珠理奈は、AKB48とSKE48それぞれのグループが持つ魅力を自分なりに咀嚼し、表現力に磨きをかけていった。渡辺麻友や島崎遥香といったAKB48の次世代センター候補と比較される機会も増えたが、そのことによって珠理奈の個性がブレることはなかったし、単に「センターに立ちたい」のではなく「AKB48を引っ張っていける存在になりたい」、そう思うようにもなっていた

ホームのSKE48ではメンバーの大量卒業を受けて組閣が敢行され、中西優香キャプテン率いる新生チームS、Kll、Eが始動。生まれ変わったSKE48の魅力を広くアピールしていく必要もあった

時に、不安に揺れることもあったに違いない。それでも、48グループをさらに発展させたいという強い思いが珠理奈の胸の内に芽生えていた

単なるSKE48のセンターから、48グループ全体を客観的に見ることのできる存在へ。ダイヤモンドの原石は、ひときわ輝きを増しつつあった

◆1位を目指してもいいんだ!

そんな中で迎えた6月8日の選抜総選挙。珠理奈にとっては5度目の挑戦である

第10位宮澤佐江、第9位小嶋陽菜、第8位高橋みなみ、第7位松井玲奈。上位と目されているメンバーの名前が次々に呼ばれていく

珠理奈は続く第6位。玲奈と揃って神7入りを果たし、SKEの躍進を強く印象付けた

登壇した珠理奈は涙を堪えることができなかった

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「私はSKE48に11歳から入って、今はSKE48とAKB48の兼任をさせて頂いているんですけれども、あの時オーディションを受けなくて、もしSKE48に入っていなかったら、今は客観的に総選挙をテレビか何かで見ているのかなと思うんですけれども…
このステージに立っていることが不思議なことだし、本当に"運命"なんだなっていう風に感じています
今まではがむしゃらに走ってこられたんですけれども、16歳になって、これからどうしていかなきゃいけないのかなと不安に思うこともあったんですけど、でもこうして、こんなにたくさんの方に見守っていただけて、応援していただけると思ったら、少し安心することができました
握手会でもたくさんの方から"今回は1位を目指そうね"って言って下さって、私も1位を目指してもいいんだな、口に出していいんだなって思うことができました!」

11歳のデビューの時からAKBファンのバッシングに耐えながら、SKE48のセンターとしては、皆を引っ張っていかなければならない。大人にも背負いきれないほどの重圧と戦い、強い自分でいようと懸命に頑張ってきた。そういう中で、自分がAKB48のセンターを目指していいのだろうかという思いは、常に彼女の胸の内にあった

私も、1位を目指してもいいんだ…

それは長年、強がりを言わなければならなかった少女が、大観衆の中で吐き出した本音であった

これからは48グループの一員として先頭を切っていける人になりたい
そして、SKE48はまだまだ先に進んでいくことができる…!

珠理奈の涙は、安堵と喜びにキラキラと輝いていた

◆姉からのエールを受けて

結構長いこと世代交代とか言われてますけど、そういう流れをイマイチ感じられないじゃないですか。去年で言うと麻友さんだけだったし。今年は、私もそれに続きたい。で、篠田さんたちお姉さんメンバーに「もう任せても大丈夫かな」って思ってもらいたいですね。若手はどんどん育ってるぞー!って。
『週刊SPA! 』より

前年のスピーチで篠田が語った「潰すつもりで来てください。私はいつでも待ってます」という言葉を受け、珠理奈は、その役目は昔から妹のように面倒をみてもらった自分でなくてはならないと感じていた

もちろん、大好きな先輩が卒業してしまうのは辛いことだ。でも、篠田を越えることが、珠理奈にとっては何よりの恩返しでもあった

だが、2013年の選抜総選挙で、篠田は珠理奈の総獲得票数に大きく水をあけての第5位。この年、珠理奈の思いは、結果には結びつかなかった

しかし、篠田の心に珠理奈の思いは十分に響いていた

「こんなにも後輩がすごく頑張っているんだなぁとすごく嬉しかったし、AKB48グループはまだまだ上に行けるんだなと実感しました。勢いのある後輩の姿を見ていたら、私はひとつの決断をしようと思いました
私、篠田麻里子は、AKB48を卒業します」

後輩の頼もしい言葉を聞いて、48グループはまだまだ上を目指せる…そう感じたという篠田の言葉は、先輩としての愛情に溢れていた

選抜総選挙のシングル『恋するフォーチュンクッキー』の収録を終え、篠田の卒業セレモニーは7月21、22日のドームツアー福岡公演に決まった。珠理奈は、篠田との思い出の数々をコンサートのMCで語った

『大声ダイヤモンド』のPV撮影で心細かった自分に最初に声をかけてくれたのが篠田であったこと、その後も色々と面倒をみてくれ、CDジャケットの撮影では「麻里子様ー!」という言葉がとっさに出てきたこと、2012年の選抜総選挙で「潰すつもりで来てください」とスピーチした時に真っ先に「私が行きます」と伝えにいったら、嬉しいと言ってくれたこと…

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あたかも本物の姉妹のように、仲良く微笑みを交わしつつ、篠田と珠理奈はステージを務めた。美しいドレスに身を包んだ篠田がファンに別れを告げて退場する、その瞬間まで…

篠田卒業後のドームツアー千秋楽前日、珠理奈は篠田のソロ曲『プラスティックの唇』を披露した

篠田本人から「珠理奈にやってもらえるなら本望だよ、可愛い妹だからね。よろしく!」とエールをもらってのパフォーマンス。そこには、姉の意志を受け継いで、一回り成長した珠理奈の表情があった

(続く)

参考文献
「週刊SPA! 2013年6月11日号」
「週刊プレイボーイ 2013 No.26」
「オリコンスタイル7/21」
シネマトゥデイ映画ニュース
「プレイボーイ2013まるごと一冊SKE48増刊号」
「FLASH2013まるっとSKE48スペシャル」


◆潰すつもりで来てください

2012年のAKB48選抜総選挙。松井珠理奈が9位のスピーチを終えた後も発表は続く。すでに卒業を発表した前田敦子は不参加。焦点は大島優子の牙城を崩すメンバーが現れるか、それと、急速に支持を伸ばしてきた5期生の指原莉乃がどこまで順位を上げるかであった

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板野友美、小嶋陽菜、高橋みなみ…AKB48を支えてきた1期生の名が次々と呼ばれる。そして、第5位に篠田麻里子。壇上に上がった篠田は、悔しさに涙を滲ませながら、ゆっくりと語りはじめた

「後輩たちに席を譲れという方もいるかもしれません。でも私は、席を譲らないと上に来られないメンバーは、AKBでは勝てないと思います」

篠田のスピーチに、順位の発表を待つ大島優子が頷く。壇上では珠理奈が、真剣な表情で篠田を見つめている

篠田はふっと優しい表情を見せ、言葉を繋いだ

「悔しい気持ち、すごくあると思います。正直、私も今びっくりして…少し悔しいです。でも、悔しい力を、私たちにぶつけてきてください。潰すつもりできてください。私はいつでも待ってます。そんな心強い後輩が出てきたならば、私は笑顔で卒業したいと思っています」

姉と慕う篠田の激励に、珠理奈は涙を零した。姉妹グループのメンバーでも上を目指していいんだ。それなら、自分が麻里子様の期待に応えられる「心強い後輩」になりたい…イベント終了後、珠理奈は真っ先に篠田の元に駆け寄った
「私、いきます。頑張ります!」
篠田が答える
「よかった。珠理奈にも、ちゃんと響いてたの?」
 

◆さよなら、あっちゃん。さよなら、仲間たち 

その年の夏の終わり、前田敦子がAKB48を卒業した
『大声ダイヤモンド』の時から珠理奈の相談相手になってくれた先輩。どんなに辛くてもステージを務めるプロ意識を自身の行動で教えてくれた先輩…グループは違えど、珠理奈にとって前田は、センターの重圧を共有した唯一無二の存在だった

先輩たちからのメッセージ、AKB48として活動するチームKでの経験…それらが少しずつ珠理奈の意識に変革をもたらした

AKBを兼任している手前、表立ってSKEのメンバーに「AKBを超えよう!」とは言い辛くなったし、同年秋にリリースされたAKBのシングル『UZA』では大島優子とのWセンターも務め、多忙のあまり大好きな劇場公演も「他のメンバーの足を引っ張るのではないか」と不安になったという

その一方で、珠理奈は「AKB48のセンターも務められるようになろう」「グループの将来を任せてもらえる存在を目指そう」と思うようになっていだけど

そんな珠理奈にとっても、またSKE48にとっても、2012年は飛躍の年になった
6月の選抜総選挙では64名中15名がランクイン。中でも「アンダーガールズ」と呼ばれる32~17位のグループの過半数はSKE48のメンバーで占められた。旧来の劇場も「専用劇場」として改修されることが決定した。いよいよAKB48のライバルに近づく時がやってきたーー
そう考えるファンは少なくなかったはずである

しかし、同年8月にはリーダーの平田璃香子、11月には矢神久美が相次いで卒業を発表。年末の紅白歌合戦では夢の単独出演を果たしたものの、翌2013年1月には、メンバー8名が一斉にSKE48を卒業することをファンに報告した

その中には、桑原みずき、高田志織、平松可奈子…珠理奈とともに汗と涙を流しながらSKEの基礎を作り上げてきた1期生の名が何人もあった

4月13日、14日。2日間に渡って開催された、地元愛知の日本ガイシホールコンサートは「変わらないこと、ずっと仲間なこと。」と銘打たれ、卒業メンバーへのはなむけのステージとなった

リハーサルの時から、珠理奈は泣いていたという

時には意見が衝突することもあったけれど、少しでもSKEを良くしようとひたむきに努力し、やがては家族のような関係になっていた1期生。その仲間たちが、自分たちの元から離れていってしまう…

胸の内に秘めようとしても、思いは溢れて止まらなかった

コンサートの初日には「手をつなぎながら」公演のユニット曲、『Glory days』を披露。その時の思いを、桑原は当時のブログでこう記している


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桑原・中西・珠理奈
みぃの中の、最強、最高のユニット
手をつなぎながら公演が終わってから、なかなか3人で披露する機会がなくて、でもガイシホールでやれて良かった!

手をつなぎながら公演で唯一、オリジナルメンバーが残っちゅうユニットでした
レッスンの時もリハーサルの時も切ない空気になるのが嫌で、なるだけ普通に、いつも通りやってきた
なんかこのユニットはこの3人でずっとやりたいって、自分で卒業決めたのに、そう感じてしまうユニットでした
向上心の塊やったね、うちら!
個性的で情熱的で頑固で一生懸命!
そんな「Glory days」が大好きでした!

優香ちゃん、珠理奈、今まで本当にありがとう
ギラギラした黄色い衣装に包まれた、ハットの似合う2人の笑顔、ずっと忘れんきね!(*^^*)


そして翌日のラストを飾る夜公演、平松は「制服の芽」の『思い出以上』でセンターを務めあげた

卒業コンサートのセットリストが伝えられた時、ダンスの苦手な平松は「無理です!」と断ったそうである。そんな平松を支えたのは、同じ1期生の桑原。レッスンをサポートし、珠理奈と木下有希子も平松を支えた

当時の平松のブログである

リハ直前まで弱気だった私に、じゅりなが
「かなちゃん本当に今までたくさん練習して思い出以上踊れるようになったじゃん!大丈夫だよ!」
っていってくれたんです
でね、ゆっことじゅりなが、リハの時に泣き出したんです(/ _ ; )
それをみて、2人もついてる!
みぃも教えてくれた
今まで応援してくれたファンの皆さんにこの曲でありがとうを伝えたい!
そう思ったんです

本番、出る前から涙が溢れて、ゆっことじゅりなにありがとうを伝えて
ステージに立った途端大きなどよめきが聞こえて
歌い出したらものすごい歓声がきこえました
今まで聞いたことのないほどの可奈子コールでした
この瞬間が思い出以上なのだと曲の意味がわかった気がしました
思い出以上がやれてよかった!


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大盛況のコンサートの最後、去りゆくメンバーたちを前にして、珠理奈は堪え切れずに大粒の涙をこぼした

大勢の仲間の旅立ち…コンサート初日にはSKE48初の組閣も行われた。SKE48も、珠理奈自身も、新しいスタートを切る時がやってきたのである

(続く)

参考文献
「SKE48 OFFICIAL HISTORY BOOK」
「グラビア ザ テレビジョン  2012年8月号」
「AKB48 東京ドームコンサート オフィシャルムック」
「前田敦子AKB48卒業記念フォトブック あっちゃん」
「BUBKA 2012年10月号 」
「Street Jack 2015年4月号」

◆帰ってきたエース

2012年4月14日。SKE48の地元・名古屋の日本ガイシホールで「SKE48春コン2012 『SKE48専用劇場は秋までにできるのか?』」の初日が幕を開けた。メンバーにとっては念願の晴れ舞台であり、卒業する小野晴香、間野春香、山田恵里伽の3人と務めるラストステージでもあった

ぎっしり埋まった客席。きらびやかな光を放つ何色ものペンライト。待ちわびたコンサートへの期待感とともに、ファンの胸中には拭い去れない不安があった

松井珠理奈は、出演できるのか…?

オープニングを飾ったのは1期生・桑原みずきのピアノソロだった。奏でるメロディーは『枯葉のステーション』。言わずと知れた松井玲奈のソロ曲である。そして、イントロとともに、白い傘を手にしたロングスカートのシルエットが青く浮かび上がる…

それは、珠理奈だった

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客席のボルテージは最高潮に達し、珠理奈の復活に涙するファンもいた。初日の出演はこの1曲のみだったが、切ないバラード曲が、この日はSKE48のセンター復活を祝う快哉の曲となった

コンサート自体も「過去最高のコンサート」と絶賛される出来栄えだった。珠理奈の抜けた穴を埋めなければ…。SKEのメンバーひとりひとりの強い気持ちが全面に出た結果、勝ち取った大成功であった

コンサート2日目はさらに盛り上がった。全力でパフォーマンスを繰り広げるメンバーの流す汗が、輝きを放って観客の胸を打つ。珠理奈もこの日は『大声ダイヤモンド』のセンターとして登場。ファンの歓声は大きなうねりとなり、ガイシホールを揺るがすほどに高まった

やがて、コンサートは最後の曲を迎える。『仲間の歌』…最初の台本では卒業メンバーも珠理奈も出演しない予定だったが、当時のリーダーである平田璃香子がスタッフに頼み、予定を変更した。SKE48全員がフィナーレを飾るという、リーダーならではの粋な計らいだった

客席のボルテージは最高潮に達し、珠理奈の復活に涙するファンもいた。初日の出演はこの1曲のみだったが、切ないバラード曲が、この日はSKE48のセンター復活を祝う快哉の曲となった

コンサート自体も「過去最高」と絶賛される出来栄えだった。珠理奈の抜けた穴を埋めなければ…。SKEのメンバーひとりひとりの強い気持ちが全面に出た結果、勝ち取った大成功であった

珠理奈不在の穴を埋め、コンサートを成功させるためにメンバーが陰でどれだけ努力をしていたかは、当時の桑原みずきや矢神久美のブログからも窺える。珠理奈と同じ1期生だからこそ、後輩を引っ張っていかなければならないというプレッシャーもあったに違いなかった

幼い頃から珠理奈が身も心も捧げてきたSKE48のメンバー全員が、ひとつにまとまった2日間であった

“兼任発表のショックで松井珠理奈は入院したのではないか…"そんな噂も取り沙汰される中で、当の本人は既に気持ちを切り替えていた。むしろ兼任に戸惑っていたのは、これまで珠理奈を応援してきた珠理奈ファンの方だったかもしれない

◆どこにいても、私は私

SKE48初の日本ガイシホールコンサートが成功裏に終わり、珠理奈の気持ちは早くもチームKの活動に向いていた

頑張ると決めたら、すぐ行動に移す…

体調が回復した珠理奈は、1週間弱で『RESET』公演曲16曲を覚え、自分からスタッフに出演できる旨を伝えた

「(スタッフに)覚えてって言われる前に覚えちゃえば、早く出られると思って覚えました」

そして2012年6月1日、ついに珠理奈はチームKの一員として、AKB48専用劇場に立った。事前の出演告知がなかったにもかかわらず、SKE48のファンも足を運んでいたし、チームKのメンバーもファンも温かく珠理奈を迎えた

「体育会系、チームK、唯一のJK、松井珠理奈です!」

チームK用に考えてきた自己紹介をすると、客席から「welcome!」と声が飛ぶ。珠理奈の瞳に涙が滲んだ。デビュー当初に受けた嵐のような逆風とは真逆の優しい風が、珠理奈の頬を撫でていた

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これまでSKEのセンターとして様々な重荷を背負ってきた珠理奈。その重圧と責任感が、それまでの彼女の表情やパフォーマンスには、如実に表れていた。だが、チームKの後列端で、先輩たちに囲まれて公演を作り上げていくという経験が、珠理奈の背中から少しずつ重い荷物を降ろしていくことになる。それは、兼任発表前の生誕祭で、篠田麻里子が彼女に送った手紙にしたためられていたメッセージにも通じるものだった

そして、2012年の選抜総選挙では9位に躍進。前年から苦しんで、苦しみ抜いた末に獲得した、AKB48以外のメンバーで初の一桁順位であった

壇上に上がった珠理奈は、ひとしきり感涙にむせんだ後、力強く宣言する

…私はどこにいても変わりません。なので、ここで約束させてください。SKEとしても、AKBとしても、自分らしく精一杯全力投球で努めていきたいと思いますので、皆さん、これからも私のことを支えてください。そして、一緒に階段を上ってください!

その決意表明の通りに、珠理奈の目標はSKE48のセンターとして掲げた「いつの日かAKB48を超える!」から、やがて48グループ全体を見据えたものへと変貌をとげていくことになるのである

(続く)

参考文献
「BUBKA 2012年10月号」
「FLASH2013 まるっとSKE48スペシャル増刊号」
「street jack 2015年4月号」
「SKE48 OFFICIAL HISTORY BOOK」
「プレイボーイ2013 まるごと一冊SKE48増刊号」

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