Jyuri-Jyuri BABY

松井珠理奈さんに関する記事や、これまでの軌跡を掲載しています

May 2015

◆周りを引っ張っていける人に

AKB48との兼任や総選挙第9位、『UZA』のWセンター就任、SKE48の単独紅白出演と、2012年は松井珠理奈にとって実りの多い年であったが、反面、体調不良に悩まされることも少なくなかった。まだ精神的にも肉体的にも成長途上。無理が重なれば、調子を崩すことも多い年頃である。あの時はセーブしておけば良かった…彼女自身、そう後悔することもあったというが、一方で「セーブしたら自分じゃない」という強い思いもあった

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明けて2013年。16歳となった珠理奈は、AKB48とSKE48それぞれのグループが持つ魅力を自分なりに咀嚼し、表現力に磨きをかけていった。渡辺麻友や島崎遥香といったAKB48の次世代センター候補と比較される機会も増えたが、そのことによって珠理奈の個性がブレることはなかったし、単に「センターに立ちたい」のではなく「AKB48を引っ張っていける存在になりたい」、そう思うようにもなっていた

ホームのSKE48ではメンバーの大量卒業を受けて組閣が敢行され、中西優香キャプテン率いる新生チームS、Kll、Eが始動。生まれ変わったSKE48の魅力を広くアピールしていく必要もあった

時に、不安に揺れることもあったに違いない。それでも、48グループをさらに発展させたいという強い思いが珠理奈の胸の内に芽生えていた

単なるSKE48のセンターから、48グループ全体を客観的に見ることのできる存在へ。ダイヤモンドの原石は、ひときわ輝きを増しつつあった

◆1位を目指してもいいんだ!

そんな中で迎えた6月8日の選抜総選挙。珠理奈にとっては5度目の挑戦である

第10位宮澤佐江、第9位小嶋陽菜、第8位高橋みなみ、第7位松井玲奈。上位と目されているメンバーの名前が次々に呼ばれていく

珠理奈は続く第6位。玲奈と揃って神7入りを果たし、SKEの躍進を強く印象付けた

登壇した珠理奈は涙を堪えることができなかった

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「私はSKE48に11歳から入って、今はSKE48とAKB48の兼任をさせて頂いているんですけれども、あの時オーディションを受けなくて、もしSKE48に入っていなかったら、今は客観的に総選挙をテレビか何かで見ているのかなと思うんですけれども…
このステージに立っていることが不思議なことだし、本当に"運命"なんだなっていう風に感じています
今まではがむしゃらに走ってこられたんですけれども、16歳になって、これからどうしていかなきゃいけないのかなと不安に思うこともあったんですけど、でもこうして、こんなにたくさんの方に見守っていただけて、応援していただけると思ったら、少し安心することができました
握手会でもたくさんの方から"今回は1位を目指そうね"って言って下さって、私も1位を目指してもいいんだな、口に出していいんだなって思うことができました!」

11歳のデビューの時からAKBファンのバッシングに耐えながら、SKE48のセンターとしては、皆を引っ張っていかなければならない。大人にも背負いきれないほどの重圧と戦い、強い自分でいようと懸命に頑張ってきた。そういう中で、自分がAKB48のセンターを目指していいのだろうかという思いは、常に彼女の胸の内にあった

私も、1位を目指してもいいんだ…

それは長年、強がりを言わなければならなかった少女が、大観衆の中で吐き出した本音であった

これからは48グループの一員として先頭を切っていける人になりたい
そして、SKE48はまだまだ先に進んでいくことができる…!

珠理奈の涙は、安堵と喜びにキラキラと輝いていた

◆姉からのエールを受けて

結構長いこと世代交代とか言われてますけど、そういう流れをイマイチ感じられないじゃないですか。去年で言うと麻友さんだけだったし。今年は、私もそれに続きたい。で、篠田さんたちお姉さんメンバーに「もう任せても大丈夫かな」って思ってもらいたいですね。若手はどんどん育ってるぞー!って。
『週刊SPA! 』より

前年のスピーチで篠田が語った「潰すつもりで来てください。私はいつでも待ってます」という言葉を受け、珠理奈は、その役目は昔から妹のように面倒をみてもらった自分でなくてはならないと感じていた

もちろん、大好きな先輩が卒業してしまうのは辛いことだ。でも、篠田を越えることが、珠理奈にとっては何よりの恩返しでもあった

だが、2013年の選抜総選挙で、篠田は珠理奈の総獲得票数に大きく水をあけての第5位。この年、珠理奈の思いは、結果には結びつかなかった

しかし、篠田の心に珠理奈の思いは十分に響いていた

「こんなにも後輩がすごく頑張っているんだなぁとすごく嬉しかったし、AKB48グループはまだまだ上に行けるんだなと実感しました。勢いのある後輩の姿を見ていたら、私はひとつの決断をしようと思いました
私、篠田麻里子は、AKB48を卒業します」

後輩の頼もしい言葉を聞いて、48グループはまだまだ上を目指せる…そう感じたという篠田の言葉は、先輩としての愛情に溢れていた

選抜総選挙のシングル『恋するフォーチュンクッキー』の収録を終え、篠田の卒業セレモニーは7月21、22日のドームツアー福岡公演に決まった。珠理奈は、篠田との思い出の数々をコンサートのMCで語った

『大声ダイヤモンド』のPV撮影で心細かった自分に最初に声をかけてくれたのが篠田であったこと、その後も色々と面倒をみてくれ、CDジャケットの撮影では「麻里子様ー!」という言葉がとっさに出てきたこと、2012年の選抜総選挙で「潰すつもりで来てください」とスピーチした時に真っ先に「私が行きます」と伝えにいったら、嬉しいと言ってくれたこと…

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あたかも本物の姉妹のように、仲良く微笑みを交わしつつ、篠田と珠理奈はステージを務めた。美しいドレスに身を包んだ篠田がファンに別れを告げて退場する、その瞬間まで…

篠田卒業後のドームツアー千秋楽前日、珠理奈は篠田のソロ曲『プラスティックの唇』を披露した

篠田本人から「珠理奈にやってもらえるなら本望だよ、可愛い妹だからね。よろしく!」とエールをもらってのパフォーマンス。そこには、姉の意志を受け継いで、一回り成長した珠理奈の表情があった

(続く)

参考文献
「週刊SPA! 2013年6月11日号」
「週刊プレイボーイ 2013 No.26」
「オリコンスタイル7/21」
シネマトゥデイ映画ニュース
「プレイボーイ2013まるごと一冊SKE48増刊号」
「FLASH2013まるっとSKE48スペシャル」


◆潰すつもりで来てください

2012年のAKB48選抜総選挙。松井珠理奈が9位のスピーチを終えた後も発表は続く。すでに卒業を発表した前田敦子は不参加。焦点は大島優子の牙城を崩すメンバーが現れるか、それと、急速に支持を伸ばしてきた5期生の指原莉乃がどこまで順位を上げるかであった

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板野友美、小嶋陽菜、高橋みなみ…AKB48を支えてきた1期生の名が次々と呼ばれる。そして、第5位に篠田麻里子。壇上に上がった篠田は、悔しさに涙を滲ませながら、ゆっくりと語りはじめた

「後輩たちに席を譲れという方もいるかもしれません。でも私は、席を譲らないと上に来られないメンバーは、AKBでは勝てないと思います」

篠田のスピーチに、順位の発表を待つ大島優子が頷く。壇上では珠理奈が、真剣な表情で篠田を見つめている

篠田はふっと優しい表情を見せ、言葉を繋いだ

「悔しい気持ち、すごくあると思います。正直、私も今びっくりして…少し悔しいです。でも、悔しい力を、私たちにぶつけてきてください。潰すつもりできてください。私はいつでも待ってます。そんな心強い後輩が出てきたならば、私は笑顔で卒業したいと思っています」

姉と慕う篠田の激励に、珠理奈は涙を零した。姉妹グループのメンバーでも上を目指していいんだ。それなら、自分が麻里子様の期待に応えられる「心強い後輩」になりたい…イベント終了後、珠理奈は真っ先に篠田の元に駆け寄った
「私、いきます。頑張ります!」
篠田が答える
「よかった。珠理奈にも、ちゃんと響いてたの?」
 

◆さよなら、あっちゃん。さよなら、仲間たち 

その年の夏の終わり、前田敦子がAKB48を卒業した
『大声ダイヤモンド』の時から珠理奈の相談相手になってくれた先輩。どんなに辛くてもステージを務めるプロ意識を自身の行動で教えてくれた先輩…グループは違えど、珠理奈にとって前田は、センターの重圧を共有した唯一無二の存在だった

先輩たちからのメッセージ、AKB48として活動するチームKでの経験…それらが少しずつ珠理奈の意識に変革をもたらした

AKBを兼任している手前、表立ってSKEのメンバーに「AKBを超えよう!」とは言い辛くなったし、同年秋にリリースされたAKBのシングル『UZA』では大島優子とのWセンターも務め、多忙のあまり大好きな劇場公演も「他のメンバーの足を引っ張るのではないか」と不安になったという

その一方で、珠理奈は「AKB48のセンターも務められるようになろう」「グループの将来を任せてもらえる存在を目指そう」と思うようになっていだけど

そんな珠理奈にとっても、またSKE48にとっても、2012年は飛躍の年になった
6月の選抜総選挙では64名中15名がランクイン。中でも「アンダーガールズ」と呼ばれる32~17位のグループの過半数はSKE48のメンバーで占められた。旧来の劇場も「専用劇場」として改修されることが決定した。いよいよAKB48のライバルに近づく時がやってきたーー
そう考えるファンは少なくなかったはずである

しかし、同年8月にはリーダーの平田璃香子、11月には矢神久美が相次いで卒業を発表。年末の紅白歌合戦では夢の単独出演を果たしたものの、翌2013年1月には、メンバー8名が一斉にSKE48を卒業することをファンに報告した

その中には、桑原みずき、高田志織、平松可奈子…珠理奈とともに汗と涙を流しながらSKEの基礎を作り上げてきた1期生の名が何人もあった

4月13日、14日。2日間に渡って開催された、地元愛知の日本ガイシホールコンサートは「変わらないこと、ずっと仲間なこと。」と銘打たれ、卒業メンバーへのはなむけのステージとなった

リハーサルの時から、珠理奈は泣いていたという

時には意見が衝突することもあったけれど、少しでもSKEを良くしようとひたむきに努力し、やがては家族のような関係になっていた1期生。その仲間たちが、自分たちの元から離れていってしまう…

胸の内に秘めようとしても、思いは溢れて止まらなかった

コンサートの初日には「手をつなぎながら」公演のユニット曲、『Glory days』を披露。その時の思いを、桑原は当時のブログでこう記している


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桑原・中西・珠理奈
みぃの中の、最強、最高のユニット
手をつなぎながら公演が終わってから、なかなか3人で披露する機会がなくて、でもガイシホールでやれて良かった!

手をつなぎながら公演で唯一、オリジナルメンバーが残っちゅうユニットでした
レッスンの時もリハーサルの時も切ない空気になるのが嫌で、なるだけ普通に、いつも通りやってきた
なんかこのユニットはこの3人でずっとやりたいって、自分で卒業決めたのに、そう感じてしまうユニットでした
向上心の塊やったね、うちら!
個性的で情熱的で頑固で一生懸命!
そんな「Glory days」が大好きでした!

優香ちゃん、珠理奈、今まで本当にありがとう
ギラギラした黄色い衣装に包まれた、ハットの似合う2人の笑顔、ずっと忘れんきね!(*^^*)


そして翌日のラストを飾る夜公演、平松は「制服の芽」の『思い出以上』でセンターを務めあげた

卒業コンサートのセットリストが伝えられた時、ダンスの苦手な平松は「無理です!」と断ったそうである。そんな平松を支えたのは、同じ1期生の桑原。レッスンをサポートし、珠理奈と木下有希子も平松を支えた

当時の平松のブログである

リハ直前まで弱気だった私に、じゅりなが
「かなちゃん本当に今までたくさん練習して思い出以上踊れるようになったじゃん!大丈夫だよ!」
っていってくれたんです
でね、ゆっことじゅりなが、リハの時に泣き出したんです(/ _ ; )
それをみて、2人もついてる!
みぃも教えてくれた
今まで応援してくれたファンの皆さんにこの曲でありがとうを伝えたい!
そう思ったんです

本番、出る前から涙が溢れて、ゆっことじゅりなにありがとうを伝えて
ステージに立った途端大きなどよめきが聞こえて
歌い出したらものすごい歓声がきこえました
今まで聞いたことのないほどの可奈子コールでした
この瞬間が思い出以上なのだと曲の意味がわかった気がしました
思い出以上がやれてよかった!


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大盛況のコンサートの最後、去りゆくメンバーたちを前にして、珠理奈は堪え切れずに大粒の涙をこぼした

大勢の仲間の旅立ち…コンサート初日にはSKE48初の組閣も行われた。SKE48も、珠理奈自身も、新しいスタートを切る時がやってきたのである

(続く)

参考文献
「SKE48 OFFICIAL HISTORY BOOK」
「グラビア ザ テレビジョン  2012年8月号」
「AKB48 東京ドームコンサート オフィシャルムック」
「前田敦子AKB48卒業記念フォトブック あっちゃん」
「BUBKA 2012年10月号 」
「Street Jack 2015年4月号」

◆帰ってきたエース

2012年4月14日。SKE48の地元・名古屋の日本ガイシホールで「SKE48春コン2012 『SKE48専用劇場は秋までにできるのか?』」の初日が幕を開けた。メンバーにとっては念願の晴れ舞台であり、卒業する小野晴香、間野春香、山田恵里伽の3人と務めるラストステージでもあった

ぎっしり埋まった客席。きらびやかな光を放つ何色ものペンライト。待ちわびたコンサートへの期待感とともに、ファンの胸中には拭い去れない不安があった

松井珠理奈は、出演できるのか…?

オープニングを飾ったのは1期生・桑原みずきのピアノソロだった。奏でるメロディーは『枯葉のステーション』。言わずと知れた松井玲奈のソロ曲である。そして、イントロとともに、白い傘を手にしたロングスカートのシルエットが青く浮かび上がる…

それは、珠理奈だった

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客席のボルテージは最高潮に達し、珠理奈の復活に涙するファンもいた。初日の出演はこの1曲のみだったが、切ないバラード曲が、この日はSKE48のセンター復活を祝う快哉の曲となった

コンサート自体も「過去最高のコンサート」と絶賛される出来栄えだった。珠理奈の抜けた穴を埋めなければ…。SKEのメンバーひとりひとりの強い気持ちが全面に出た結果、勝ち取った大成功であった

コンサート2日目はさらに盛り上がった。全力でパフォーマンスを繰り広げるメンバーの流す汗が、輝きを放って観客の胸を打つ。珠理奈もこの日は『大声ダイヤモンド』のセンターとして登場。ファンの歓声は大きなうねりとなり、ガイシホールを揺るがすほどに高まった

やがて、コンサートは最後の曲を迎える。『仲間の歌』…最初の台本では卒業メンバーも珠理奈も出演しない予定だったが、当時のリーダーである平田璃香子がスタッフに頼み、予定を変更した。SKE48全員がフィナーレを飾るという、リーダーならではの粋な計らいだった

客席のボルテージは最高潮に達し、珠理奈の復活に涙するファンもいた。初日の出演はこの1曲のみだったが、切ないバラード曲が、この日はSKE48のセンター復活を祝う快哉の曲となった

コンサート自体も「過去最高」と絶賛される出来栄えだった。珠理奈の抜けた穴を埋めなければ…。SKEのメンバーひとりひとりの強い気持ちが全面に出た結果、勝ち取った大成功であった

珠理奈不在の穴を埋め、コンサートを成功させるためにメンバーが陰でどれだけ努力をしていたかは、当時の桑原みずきや矢神久美のブログからも窺える。珠理奈と同じ1期生だからこそ、後輩を引っ張っていかなければならないというプレッシャーもあったに違いなかった

幼い頃から珠理奈が身も心も捧げてきたSKE48のメンバー全員が、ひとつにまとまった2日間であった

“兼任発表のショックで松井珠理奈は入院したのではないか…"そんな噂も取り沙汰される中で、当の本人は既に気持ちを切り替えていた。むしろ兼任に戸惑っていたのは、これまで珠理奈を応援してきた珠理奈ファンの方だったかもしれない

◆どこにいても、私は私

SKE48初の日本ガイシホールコンサートが成功裏に終わり、珠理奈の気持ちは早くもチームKの活動に向いていた

頑張ると決めたら、すぐ行動に移す…

体調が回復した珠理奈は、1週間弱で『RESET』公演曲16曲を覚え、自分からスタッフに出演できる旨を伝えた

「(スタッフに)覚えてって言われる前に覚えちゃえば、早く出られると思って覚えました」

そして2012年6月1日、ついに珠理奈はチームKの一員として、AKB48専用劇場に立った。事前の出演告知がなかったにもかかわらず、SKE48のファンも足を運んでいたし、チームKのメンバーもファンも温かく珠理奈を迎えた

「体育会系、チームK、唯一のJK、松井珠理奈です!」

チームK用に考えてきた自己紹介をすると、客席から「welcome!」と声が飛ぶ。珠理奈の瞳に涙が滲んだ。デビュー当初に受けた嵐のような逆風とは真逆の優しい風が、珠理奈の頬を撫でていた

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これまでSKEのセンターとして様々な重荷を背負ってきた珠理奈。その重圧と責任感が、それまでの彼女の表情やパフォーマンスには、如実に表れていた。だが、チームKの後列端で、先輩たちに囲まれて公演を作り上げていくという経験が、珠理奈の背中から少しずつ重い荷物を降ろしていくことになる。それは、兼任発表前の生誕祭で、篠田麻里子が彼女に送った手紙にしたためられていたメッセージにも通じるものだった

そして、2012年の選抜総選挙では9位に躍進。前年から苦しんで、苦しみ抜いた末に獲得した、AKB48以外のメンバーで初の一桁順位であった

壇上に上がった珠理奈は、ひとしきり感涙にむせんだ後、力強く宣言する

…私はどこにいても変わりません。なので、ここで約束させてください。SKEとしても、AKBとしても、自分らしく精一杯全力投球で努めていきたいと思いますので、皆さん、これからも私のことを支えてください。そして、一緒に階段を上ってください!

その決意表明の通りに、珠理奈の目標はSKE48のセンターとして掲げた「いつの日かAKB48を超える!」から、やがて48グループ全体を見据えたものへと変貌をとげていくことになるのである

(続く)

参考文献
「BUBKA 2012年10月号」
「FLASH2013 まるっとSKE48スペシャル増刊号」
「street jack 2015年4月号」
「SKE48 OFFICIAL HISTORY BOOK」
「プレイボーイ2013 まるごと一冊SKE48増刊号」

◆「チームK…松井珠理奈」

名古屋から全国区へ。SKE48の快進撃は2012年も続いた。1月にリリースされたシングル『片想いFinally』はPVのインパクトからも大いに話題を呼び、劇場公演ではチームEが『逆上がり』公演をスタート。5期生を迎えてはじまった研究生公演も徐々に人気を集めていた

SKE48を大きく揺るがす ”発表” は、そうした中で行われた

3月23日~25日に開催された「業務連絡。頼むぞ、片山部長! in さいたまスーパーアリーナ」コンサートでのことだ

初日の23日にはAKB48の悲願である東京ドームコンサート開催が発表されると同時に、センターの前田敦子が卒業宣言。48グループ全体に激震が走った

その翌日である。コンサート終盤、当時のAKB48劇場支配人、戸賀崎智信氏がタキシード姿でステージ後方から登場。メンバーもファンもサプライズの予感にどよめいた。まずはAKB48の研究生がチーム4へ昇格。続いて、チームKとチームBの新メンバーを発表するという。ふっと場内の空気が緩んだ、次の瞬間である

誰もが予想だにしなかったメンバーの名が告げられた

「まずはチームKから。…SKE48、松井珠理奈」

ステージと観客席は、悲鳴と怒号であふれ返った。珠理奈はその場に崩れ落ち、SKEのメンバーが彼女の元に駆け寄った。「嫌だ!行かないで!」という叫びとともに、大矢真那の悲痛な表情がスクリーンに映し出された

続いて、チームBにNMB48の渡辺美優紀が加入することも発表された。既に場内は混乱の波に呑まれており、戸賀崎氏が後から「兼任」であることを補足しても、動揺は容易に収まらなかった

SKE48を心から愛し、厳しいバッシングにも耐えて、戦い続けてきた珠理奈。その彼女が、仲間たちの手を自ら振りほどき、弱々しく立ち上がると観衆に挨拶の言葉を述べた

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珠理奈がいなくなったら、SKE48が終わってしまう…

涙に濡れた高柳明音を庇うように、松井玲奈が支える。珠理奈のスピーチを聞くSKEのメンバーもファンも、かつてない不安に駆られていた
珠理奈もまた、突然の発表にショックを隠すことができなかった

AKBの活動と両立なんて、自分には無理かもしれない…

新曲発表にドラマの収録、コンサートと、ハードスケジュールが重なっていた彼女の体力と気力は、既に限界を超えていた。終演後に車椅子で運ばれ、翌日の千秋楽では一曲披露するのがやっとであった

それから程なく、松井珠理奈の入院が報道発表されることになるーー

◆センター不在の中で

さいたまスーパーアリーナで発表された兼任について、 総合プロデューサーの秋元康氏は「この判断が間違いだったら僕はプロデューサーを辞任します。自分の進退をかけてもAKBグループは前に進まなきゃいけない」と自身のGoogle+で述べた。だが、発表後に倒れた松井珠理奈の体調は大丈夫なのだろうか…

ファンの間に不安が広がる中、珠理奈は4月1日の写真撮影会を欠席。4日には珠理奈の入院が公式に発表された

SKE48松井珠理奈の入院は「期限を決めず」秋元康が病状を説明…AKB48との兼任については言及せず

当時の珠理奈のGoogle+では「今日から入院しました。皆さんにたくさん心配かけてすみません。早く元気になるために、ご飯もしっかり食べてます!」と努めて明るく記していた

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その時の心境について、珠理奈はこう語る

倒れて入院したのは”兼任のショック”って言われてましたけど、それは違うんですよね。それ以前から体調が悪かったから。メンタル面ではすぐに、”みんなのため、名古屋のために頑張ろう!”って切り替えられていたので

体調を心配するファンに感謝する一方で、珠理奈は「こうやって強くなっていけばいいんだ」と冷静に考えていた

彼女の同期生・中西優香も証言している

(珠理奈の入院について)ファンの方には「兼任がショックだったんだ」って言われちゃって。「私はむしろやりがいを感じているのに、兼任がイヤなんだって思われるのが悔しい」って言ってましたね

大人でも悲鳴を上げるほどのハードスケジュールが続き、心身ともに疲弊している中での兼任発表は、珠理奈を打ちのめす出来事だったことは間違いない

だが、さいたまスーパーアリーナで「AKB48との兼任なんて『無理だ』」と涙していた少女が、わずか数日で気持ちを切り替え、仲間たちのために頑張ろうと決心していたのである。驚くべき精神力と責任感と言う他にあるまい

しかしこの時のSKE48は、過去最大のイベントを間近に控えていた。中京圏屈指の収容人数を誇る「日本ガイシホール」での単独コンサートーーメンバーにとっては、夢にまで見た舞台である。果たして、グループの象徴であり要でもあるセンター・珠理奈不在で、コンサートは成功するのだろうか…

SKEのメンバーは、かつてない危機感にさらされていた

(続く)

参考文献
「SKE48 OFFICIAL HISTORY BOOK」
「BUBKA 2012年10月号」
「プレイボーイ2013 まるごと一冊SKE48増刊号」
「FLASH2013 まるっとSKE48スペシャル増刊号」
「street Jack 2015年4月号」

◆友がいればokey-dokey

2011年秋。松井珠理奈は、この年初めてSKE48のアニバーサリー公演に出演した。チームの顔でありながら、過去2回はスケジュールの都合で出演が叶わなかった

もう一度初心に戻り、チームSの仲間とともに、後輩たちを引っ張っていこう…

グループ結成3周年を迎えた喜びを劇場でファンと分かち合った珠理奈は、決意を新たにしていた

SKE48も勢いに乗っていた
10月には待望のチームKII オリジナル公演『ラムネの飲む方』が杮落としを迎えた
シングルCDも『バンザイ Venus』『パレオはエメラルド』と、2作連続でウィークリー1位を獲得。そして11月9日には通算7枚目のシングル『オキドキ』をリリースする

『オキドキ』は ”okey-dokey ” 、英語「OK」の口語表現だ。リリース時のインタビューで珠理奈はこう語っている

『この『オキドキ』の歌詞を聞いた時に、自分たちの胸にもすごい響いて、今までみたいに『頑張れ』とかだけじゃなくて、ちょっぴり休むことも大切だよ、立ち止まることも大事なんだよって言うフレーズに、すごい勇気をもらいました」

友がいれば okey-dokey
凹みそうになったら
弱音吐いてしまえよ(楽になる)
友がいれば okey-dokey
一人きりじゃないんだ
もっと甘えていい(立ち直れ!)

さあ ちょっぴり休もう
いいチャンスじゃないか
Do it ! その後で
Do it ! 立ち直ってみろ

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アップテンポの曲調、ダンスバトルをイメージした激しい振り付けとは対照的に、歌詞の中では「どんな辛いことでもきっと何とかなる。仲間の絆を信じよう」という温かなメッセージが綴られている

デビューからSKE48の重い看板を背負い、向かい風に耐えながら年中無休で全力疾走してきた珠理奈。抱えねばならない重荷のすべてを背負ってきた珠理奈の中で、少しずつ、何かが変わろうとしていた

◆嫌われる勇気

松井珠理奈を語る上で欠かせない出来事のひとつ「AKBチームK兼任発表」について綴る前に、彼女がいかにSKE48というグループを大切にしてきたかを、旧チームEの苦悩と葛藤から振り返ってみたい

1期生を中心としたチームS。オリメンの佐藤実絵子・星羅が2期生を脇から支えるチームKII。個性と才能の持ち主が揃った3期生は各チームに振り分けられた。最後に結成されたチームEは、4期生を中心に結成された、まさに「末っ子」のチームだった

メンバーの大半を占める4期生たちは、圧倒的に先輩とのコミュニケーションが不足していた。言ってみれば、わがままな子供たちの集まりである。故に、パフォーマンスからは、まとまりも目指す方向性も見えてこなかった

珠理奈はそんなチームEのレッスンに、多忙の合間を縫ってしばしば足を運んだ

「まず振りが揃っていないし、チームとしてまとまっていない!」

初日を目前にした後輩たちを、珠理奈は叱咤しながら励ました
その熱心さは、当時のチームEメンバーのブログから窺うことができる

「珠理奈さんはまだチームEが初日をむかえていないときに、お仕事が終わったらチームEのレッスンをみてくださっていたんです! (酒井芽衣)」

「とっても忙しい珠理奈さんなのですが、空いている時間を見付けては、チームEのレッスンを見に来て下さるんです。振りが間違っていると、優しく丁寧に教えて下さったり。まどかの尊敬している先輩です(梅本まどか)」

だがSやKIIのパフォーマンスと比べると、チームEの公演はどうしても見劣りする。ファンの間からも、心配の声が次々あがるようになった。普段から選抜メンバーとして先輩からアドバイスを受けている木本花音も、そんなチームの現状に危機感を抱いていた

松井珠理奈を語る上で欠かせない出来事のひとつ「AKBチームK兼任発表」について綴る前に、彼女がいかにSKE48というグループを大切にしてきたかを、旧チームEの苦悩と葛藤から振り返ってみたい

1期生を中心としたチームS。2期生をオリメンの佐藤実絵子・星羅が脇から支えるチームKII。個性と才能の持ち主が揃った3期生は各チームに振り分けられた。最後に結成されたチームEは、4期生を中心に結成された、まさに「末っ子」のチームだった

メンバーの大半を占める4期生たちは、圧倒的に先輩とのコミュニケーションが不足していた。言ってみれば、わがままな子供たちの集まりである。故に、パフォーマンスからは、まとまりも目指す方向性も見えてこなかった

珠理奈はそんなチームEのレッスンに、多忙の合間を縫ってしばしば足を運んだ

「まず振りが揃っていないし、チームとしてまとまっていない!」

初日を目前にした後輩たちを、珠理奈は叱咤しながら励ました
その熱心さは、当時のチームEメンバーのブログから窺うことができる

「珠理奈さんはまだチームEが初日をむかえていないときに、お仕事が終わったらチームEのレッスンをみてくださっていたんです! (酒井芽衣)」

「とっても忙しい珠理奈さんなのですが、空いている時間を見付けては、チームEのレッスンを見に来て下さるんです。振りが間違っていると、優しく丁寧に教えて下さったり。まどかの尊敬している先輩です(梅本まどか)」

だがSやKIIのパフォーマンスと比べると、チームEの公演はどうしても見劣りする。ファンの間からも、心配の声が次々あがるようになった。普段から選抜メンバーとして先輩からアドバイスを受けている木本花音も、そんなチームの現状に危機感を抱いていた

その頃の珠理奈は、選抜総選挙で初めて松井玲奈に順位を抜かれ、自身の存在価値を見失うほど辛い思いをしていた時期だったが、SKE48を愛する気持ちには微塵のブレもなかった

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その年の7月にも、珠理奈はチームEの『パジャマドライブ』公演を観に行っている。その時のチームEのメンバーのブログを抜粋しよう

「今日はじゅりなさんが公演を見にきて下さっていました!すごく為になるアドバイスをたくさんいただきました。じゅりなさんは、チームEが出来た当初からたくさんのアドバイスを下さる優しい先輩です(小林亜美)」

「今日の公演にじゅりなさんが見に来てくださっていました!! 『チームEは本当によくなった!』と言ってくださって、本当に嬉しかったです(略)初めのチームEは本当にダメダメだった。どうしようも出来ないくらいでした。初日を迎えることができましたが評価は良くなくてトークもダメで、沢山悩みました(略)でも今のまま満足出来ないししてられないから。もっともっと上を目指して頑張ります(原望奈美)」

「今日の公演じゅりなさんがみにきて下さってました。じゅりなさんはチームE公演が始まる前のレッスンからずっと見ててくださってて、SKEを大事にしてる気持ちが凄く伝わってきて、チームEも先輩方にこの子らなら任せられるって見つけて頂けるように努力しなければと思ってきました。そして今日じゅりなさんから『成長した』と言って頂けました! 嬉しい半面もっと頑張らなければという思いが…
だって成長したとは言って頂けたんですがまだ任せられるという言葉ではなかった!
まだ私的にも今のチームEじゃまだまだダメと思います(木本花音)」

「公演終わりに珠理奈さんも来てくださっていたことを知ってびっくりしました。私はメンバーさんが見にきてくださると必ず感想を聞くようにしているのですが、珠理奈さんには楽しかったって笑顔で言っていただけました。振りとかも揃っててよかったって言っていただけて。珠理奈さんはメンバーさんの中では一番って言うぐらい頻繁に公演が始まる前のレッスンから見ていただいてたので嬉しかった。でもやっぱり課題をいただきましたし、メンバーさんだからこそ気付かれたこともあって悔しいです…もっと良くしたい!もっとほめられたい!(磯原杏華)」

「実は、昨日の公演に珠理奈さんが来てくださったんです!! 珠理奈さんは、チームEができたばかりの時から少ない時間の中、レッスンを見てくださったり、沢山アドバイスをいただいたり…本当にSKEのことを考えていらっしゃる方で。そんな珠理奈さんが、昨日の公演を見て、"成長した"と言ってくださいました!! ですが、里佳は"まだまだ"だって思ってます。"今のチームEならSKEを任せることができる" そう言っていただけた時が、チームEが本当の"最強チーム"になった時だと思うんです(都築里佳)」

優しい言葉をかけて相手を励ますことは、おそらく誰にでもできるだろう

だが、自分の時間を割いて厳しい指導をすることは、心からの愛情と情熱を持っていなければ容易にはできないことだ

相手に嫌われる勇気を持つことーー

弱冠14歳にしてその覚悟を持てるほど、SKE48に対する珠理奈の思いは強いものであった

(続く)

参考資料
「SKE48 OFFICIAL HISTORY BOOK」
「BUBKA 2015年4月号」
「SKE48 OFFICIAL HISTORY BOOK」
「ガールズニュース 2011.11.14」

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